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憧れよう

僕が大学院に入ったときに、師匠が授業中にこんなことを言いました:

「人と自分を比べてはいけない。俺はあいつよりできる、といい気になっても、私はあの人に負けている、と落ち込んでも、何も得るものはないんです。」

この言葉は、その後の僕の人生において、心の支えとなってきたものです。あれから十数年経って、僕はこの言葉が間違いなく真実だと確信しています。

で、僕はこないだこんなことを書きました:

周りを見渡してください。自分の所属する研究室・大学院だけでなく、世界中を見渡してください。あなたの年齢に+10歳ぐらいまでの範囲で、「一番良くできる人達」を見つけ、その人達がどれぐらいの研究業績を持っているのか、どれだけ論文を出しているのかを調べてください。

これを書いてからずっと心に引っかかっていたものがあります。説明不足だったんじゃないかと。人によっては、これが先の師匠の「人と自分を比べるな」と矛盾するではないか、と思うかも知れません。そうじゃないんです、ってことを書き記しておこうと思いました。


師匠が言っていたのは、「研究を、研究者同士の優劣を決めるゲームだと勘違いするな」ということだと思います。本来学問とは、どこまで高いかわからない巨大な山の頂を目指すようなものです。ある人間一人の力だけで山頂に辿り着くことは決してありません。その山に登ろうとする研究者達は、皆同じ目標を目指す仲間として、緩やかに協力し合いながら、少しずつ頂上に向かって歩を進めていくのです。「こっちのルートから登るべきだ」「いやこっちがいい」と意見が割れることはよくあります。しかしどんな場面でも、やるべきことは山頂に向かって一歩でも歩を進める事で、決して登ってる者同士で「俺のほうが速い」云々と優劣を競うことではないんです。

残念ながら研究者と呼ばれる人達の中にも、周りにいる他の研究者しか目に入っていないような人はいます。「俺はあいつよりできる」「あいつより賢い」「あいつよりいい大学に就職した」云々。しかしそういう人が、本当にフィールドに貢献するような、その研究分野に関する我々の理解を一歩深めるような、後の世に残るような研究成果をあげることは殆どありません。学問とはそういう風にできています。まあ特殊な例外はいるかもしれませんが、そんなのは大学院生が目指すべきなものではないわけです。

というわけで師匠の戒めは、「研究するとはどういうことかを見失うな」ということです。そしてそれは、決して他人の存在に目をつぶり耳をふさげ、ということではない。他人のやることは無視して、自分だけの世界にこもりなさい、ということではないんです。山に登っているのであれば、一人だけでなんとかしようとするより、周りの人と上手に協力できたほうがずっといい結果が出るわけですから。

しかしまた別の事実として、研究者同士の競争は確かに存在します。例えば、サッカーチームの目的は、相手チームに試合で勝つことですが、チーム内ではチームメイト同士でレギュラー争いの競争がある。研究の世界にもそういう二重性があるわけです。そういう状況で、他者の存在とどのように向き合うべきか。特に、「自分よりもできる誰か」を見たときに、どうやったらそこで打ちひしがれずに前に進めるのか。どうやったらそこで「自分よりもできない誰か」を探して安心することに堕さないでいられるのか。これは大事な問題です。

僕がやってきたのは、「憧れる」ことです。いやほんと、先輩だろうと後輩だろうと、できる人には憧れてしまえばいいんです。なでしこジャパンが優勝した次の日、ツイッターで見かけたツイート(うろ覚え)に、「小学生サッカー小僧が二人で澤の同点ゴールを真似しようとしていた。『できねえwwwすげえwww澤すげえwwww』って楽しそうだった」みたいなのがありました。想像できますよね、その感覚。あれを思い出せばいい。すごい人のやったことを見て、それを自分の存在に対する脅威と受け取るのではなく、「ボールを持ちだしてグラウンドに出るためのモチベーション」と受け取ればいいんです。

人間、自分とかけ離れた存在には憧れても、身近な存在に憧れるのは難しかったりします。ジョブズには憧れても、自分の後輩に憧れる気持ちは湧いてこない、みたいな。そういう場合、「今自分は何をやっているのか」を思い出して欲しい。あなたは「俺はあいつよりも優れている」ことを証明するためにわざわざ大学院くんだりまで来たわけじゃないんです。あなたは研究者間の競争を生き抜くために、自分自身のパフォーマンスを最大化しなければならない。「あいつに勝っている」ことが保証してくれる小さなプライドに拘ることは、あなたのパフォーマンスを低下させるだけです。

というわけで、憧れよう。また、憧れられるようになろう。なんか最近意識高い的なことばっか書いてて、リアル友人にからかわれたりしてますけど。気恥ずかしさをごまかして終わるために、最後によいTEDトークを紹介します:

Alain de Botton: A kinder, gentler philosophy of success

ざっくりと言えば「どうやって『自分はできない』という恐怖と向き合うか」というトーク。出してくる例がいちいち面白い。憧れるわー。