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写真をメインに、いろいろログ。

2023よかったシリーズ:本

「2023年出版」ではなく、「僕が2023に読んだ」本から。

 

ウラジーミル・ソローキン『ロマン』

20年ほど前、旧版を持っていたのだけど、当時の恋人が家に来るようになって、「こんな本があったら異常者だと思われる!」とブックオフ送りにしてしまったのです(山本直樹の『フラグメンツ』も一緒に)。そしたら中古本が高騰して手が出なかったんですが、復刊されたので買って再読。いやあ、やっぱり凄いですね。コンセプト自体はある種単純なんですが、それを実現する文章の質量がものすごい。もし読むんなら絶対にネタバレなしで読んでください。できることなら自分の記憶を消してもう一回読んでみたいと思う作品。

 

Wally Koval "Accidentally Wes Anderson"

ウェス・アンダーソンの映画に出てきそうな風景の写真」というコンセプトで、写真自体はInstagram的ですが、写っている場所に関する説明がそれなりにおもしろいです。縁もゆかりもない土地のWikipediaを読むのってなんか楽しいですが、そんな感じ。

 

呉明益『雨の島』

台湾を舞台にした、「ネイチャー・ライティング」小説、ただしノンフィクションではなく、設定には多少のSF的要素もあります。雨が煙る島の高地の森が目に浮かぶような文章、作品全体を包む静かなメランコリー、家の外に持ち出して屋外で読むのにいい本だと思います。

 

ホセ・ドノソ『夜のみだらな鳥』

いやーなんつーか凄かったですね。夏に読んでたんですが、読んでも読んでも終わらないし毎日暑いし頭おかしくなるかと思いました。基本的には、「頭のおかしいやつが自分の人生における恨み節をひたすら語り続ける」という内容なんですが、改行も段落も無いまま時系列が歪み語り手はいつの間にか別人に変わっていき、「ひと」や「ものごと」の輪郭がどろどろに溶けていきます。この夏、『オオカミの家』という映画があったんですが、あれと多少バイブスが似ている気がする。そういえばドノソも『オオカミの家』の監督もチリ出身。チリどうなってんだ!どうにか最後まで読み切った自分を褒めたい作品。

 

岸本佐知子他『『罪と罰』を読まない』

長編の作品を読み切ったとき、「まだ読んでない人が、これを読んでる時の様子が見たい」という気持ちが芽生えることありますよね。これはそういう欲求がぴったりと満たされる本。岸本佐和子・三浦しをん吉田篤弘吉田浩美の四人が、『罪と罰』の冒頭と結末の一ページだけを読んで内容を想像し、ああでもないこうでもないと言い合ったり、改めて最後まで読んでから感想を話し合うなどなど、「そんなの絶対楽しい」会の様子が伝わります。

 

マリアーナ・エンリケス『寝煙草の危険』

アルゼンチン出身のマリアーナ・エンリケスによる短編ホラー集。短編が全部絶妙に、うっすら気持ち悪い。ちゃんとしたバケモノが出てきたりしなくて、大体悲劇が完成する一歩手前で作品が終わるのだけど、それがまた絶妙に気持ち悪い。背筋が凍るとか身の毛もよだつとかじゃなくて、汗ばむ肌に何か薄く一枚張り付いてきた!みたいな怖さのホラーです。ドノソといい『オオカミの家』といい、南米にはなにか独特の呪いがあると思う。

 

ティリー・ウォルデン『アー・ユー・リスニング?』

二人とねこが車で旅をする、ああアメリカ!アメリカよ!という感じのグラフィックノベル。田舎町は閉じていて息が詰まるのに、そこから飛び出すと街と街の間にある空白があまりに空白すぎて呼吸が難しい。自動車はそんな二人が逃げ込む殻で、その閉じた宇宙に謎のねこがちょっと揺らぎを与えて、という話。絵の表現にはジブリの影響も感じます。

 

大谷亨『中国の死神』

どう見ても特級呪霊といった雰囲気の表紙に惹かれて読んでみたら、中身はすごくストレートにアカデミックな本でした。中国各地の民間信仰に現れる死神、あるいは匂魂使者の「無常」は、いかにして「神」となったのか、そのルーツが探られます。民間信仰ならではのダイナミックなこじつけやら、妙にかわいいキャラクター性を獲得していく過程やら、中国でのフィールドワーク裏話などもいちいち面白かったです。

 

グレゴリー・ケズナジャット『鴨川ランナー』

表題作はアディーチェの「なにかが首のまわりに」を想起させます。舞台が日本に、「きみ」が白人男性になっている。日本社会が「白人男性」という属性をどのように扱い、どう遠ざけるのか、あるいは「英語」にどういった幻想を抱き、それを人に押し付けるのか。仕事柄、わりと普段も目にすることが多い問題なんですが、改めて日本語の文章で読むと大きなインパクトがありました。

 

サラ・ピンスカー『いずれすべては海の中に』

SF短編集。キム・チェヨプなどもそうなんですが、最近の女性SF作家の作品に通底する独特のメランコリーは、科学や技術に対して「すげぇ!」的な憧憬がまるでないところから来ているように思います。「わたし」の抱える問題は、世界を変える力によっても解決されはしない、という柔らかな諦念からは、不思議と心地よい読後感がありました。

 

こうしてまとめてみると僕、「違う世界」を感じられる本が好きなんだな、とわかります。Traveling without moving.