bluelines

本業は大学教員で言語学の研究者。このブログは最近殆ど写真ばかり。「まっすぐ撮る部」「ズームレンズ使えないマン」「全日本絞らない党」あたりでやっている。

2021

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この写真はほぼ一年前(2019年12月31日)に撮ったものです。あの頃どうだったかを思い出してみると、仕事がとにかく忙しかった(非常勤を引き受けていて週に+三コマ授業があった)。今より10kgほど体重があった。白内障で右目が殆ど見えていなかった。それなりにキツい生活だったはずなのだけど、感覚としては今の方が比べ物にならないくらいしんどくて、何がこう感じさせるのだろうなあ、などと考えている。

 

達成感とか、報われた感とか、やり切った感とか、会えて良かった感とか、来て良かった感とか、やっぱりやるべきことをやってるといいことあるなあ感とか、分かってくれる人はちゃんと分かってくれてる感とか、そういう「感」たちがどうにも足りてない生活。少しずつ弱くなっていく心の火を、どうにか必死で、あの手この手を使って守ろうとしているような。

 

もう少し具体的なことを書きましょう。2020年度はずっと在宅勤務&オンライン授業で、自分はそれを十分立派にやり遂げてきたと思うんですよ。で、21年度から少しずつ元の形態に戻っていくための準備も随分周到にやってきた。例えばそれは教室からハイブリッド授業を行うための機材を用意したり、やり方を模索したりテストしたりすることでもあったわけです。

 

ところが世界の方は、そんな目論見もまたリセットしなければならないような流れになってきた。このパンデミックはいつかは終わる、準備したことは、たとえ実戦投入が遅れたとしても無駄にはならない、それは分かっている。のだけど。やっぱりこう、「報われなかった感」が湧いてきて、そしてこの報われなかった感の重みはなかなか跳ね除けるのが難しい。

 

緊急事態宣言です。二度目の。多分自分に関しては、もう一度マインドセットを作り直せば、あと一年程度は家籠りを続けられると思うんです。けど、色んなところで上がる悲鳴が聞こえてしまうと、それだけでは足りない気がしてきてしまう。2020年の自分の生活を僕は「出家」って表現してきましたが、インターネットを通じて実にたくさんの声を聞いてしまっているところはフィジカル出家とはやはり根本的に違っている。結局自分は「俗世」の中にいて、その繋がりによって引っ張られてしまうのであり、それならば自分が少しでも人を引っ張り上げたい、とも思ってしまう。

 

さて、そろそろ寝ないと。朝目覚めたときはどんな気持ちになっているだろうか。