bluelines

本業は大学教員で言語学の研究者。このブログは最近殆ど写真ばかり。「まっすぐ撮る部」「ズームレンズ使えないマン」「全日本絞らない党」あたりでやっている。

ハイブリッド授業に関する第一次報告

f:id:gorotaku:20210421195912p:plain

授業ライブ配信のサムネイル。

ハイブリッド授業が始まりました。去年の10月ごろから脳内シミュレーションを始め、今年の3月は教室でリハーサルを繰り返していました。準備の賜物か、今のところとてもスムーズに回っています。「ハイブリッド授業」といってもどのような機材を使ってどのように実施するのか、そこには無限のパラメータがあります。僕の選択と、その背後にあるロジックをまとめておきます。まず最初に、背景にある様々な思考をまとめますが、ここがバカ長くなります。こまけぇことはいいんだよ派の人は中盤以降の「本題」まで飛ばして読んで下さい。

 

前置き
ひとつ確実に言えるのは、ハイブリッド授業をそれなりに機能させるために必要な機材は、一般的に大学教員が自分で用意するのを期待できる範囲を大きく逸脱している、ということです。僕は機材沼の住人で、要するにバカなのでやってますが、こんなもん他人に要求できるはずがない。経費で落ちたらいいってもんではない。本来は大学が各教室に必要十分な機材を設置し、すぐに使えるようにしなければいけないものです。そして文科省は大学にハイブリッド授業を要求するのなら、その環境整備に必要な資金を補助しなければいけません。

ただ、ここで問題なのは、「ハイブリッド授業をやるために必要な機材」ってのが一体何なのか分かってる人が殆ど存在しない、ということです。例えば大学の教室に機材を納入している業者にも、現状ハイブリッド授業に関するノウハウはない。「いい感じに教室整備してよ」と丸投げしても、使いにくくて効果が低くて高額な機材を買わされて終わりだと思います(僕は勤務校でそういう流れに関わったので知っています)。ですので、実際に授業をやっている現場の人間が、何が必要なのかをまとめておくことは重要なのです。そういう意図でこのエントリを書いています。

さて、まずは要件を整理しましょう。何のためのハイブリッド授業で、何を達成しなければならないのか。

「何のため?」といえば、それはCOVID-19の感染拡大防止以外にないわけです。そして例えば、「学生には原則対面授業への出席を要求し、基礎疾患があるなど特殊な事情が認められた個人のみ例外的にオンラインでの受講も許可」という実装は、その目的のためには片手落ちと思われます。重要なのは、学生がその日の体調や行動履歴などを考慮して柔軟に教室に行くかオンラインで受講するかを決定できるようにすることでしょう。例えば「数日前に熱が出た、今日は下がってるけど」という場合は大事をとってほしいわけです。COVID-19の初期症状で、「一度熱が下がる」というケースはよく報告されてますので。また、「先週末に飲み会に行って二次会のカラオケも行った」という場合だって、やはり教室に行くのは避けたほうがいい。だから大事なのは、学生がある意味「気楽に」オンライン受講を選択できて、その時その時で教室に来たり来なかったりすることに何ら心理的障害がないようにすることです。

「そんな風にしたらオンラインで受講する学生ばかりになって、いずれ教室には誰も来なくなるぞ」と考える人もいるかもしれません。別にいいじゃないですか。「教室にいなくてオンラインで受講している学生がいる」と「学生が皆オンラインで受講している」との間に教育上重要な差があるとは思えません。「おれの授業を聞きに来ないとは何事だ」みたいな妙なプライドは何ら生産的ではないのでとっとと燃えないゴミに出すといいと思います。そして、「学生がみんなオンライン、教室には0」な日があったとしても、学生に「大学に来るというオプション」が与えられているということには意義があると思います。基本的にはオンラインでいいけど、ずーーーっとそればかりでは息が詰まる、時にはちょっと気分を変えてみたい、っていうの良くわかります。

というわけで。まず重要な要件は、教室での受講とオンラインでの受講の間に「格差」が生じないようにする、ということになります。授業の内容の問題はひとまず置いて、情報の伝達という意味では、教室でもオンラインでも

90分見ていられる映像
90分聞いていられる音声

が安定して提供されることが重要です。

リモート側に十分な品質の映像・音声を教室から配信するためには何が必要か。普通に考えたら「スタッフ」です。テレビでもラジオでも、生中継の放送を行う場合は必ず、演者とは別のスタッフが複数ついてやるわけですよね。ところが大学の場合、一日に何百という授業が行われるため、それに対して一律スタッフを手配するのはかなり困難です。例えば学生アルバイトを使うとしても人数が膨れ上がりますから、募集・研修・配置・シフト管理などにかかる手間があまりに大きくなります。結果、「必要性の高い授業に絞ってスタッフ配置、基本は教員ワンオペでできるようにする」という選択に追い込まれます。

で、この「ワンオペ」という前提は機材の選択にも大きな影響を与えます。教員はまず何よりも授業をしなければいけないわけですが、授業中に機材の操作に脳のリソースを取られると、集中が妨げられます。例えば、「複数のカメラを授業中に切り替えて使う」ということは、アプリのメニューから入力ソースのカメラを切り替えることで実行できるわけですが、授業中にポインタを動かして複数回クリックすることに持っていかれる脳のリソースは馬鹿になりません。しかし物理ボタンがついたスイッチャーがあって、ボタン一つでカメラが切り替えられるようにすると、脳の負担ははっきりと軽くなります。そのことが授業の内容に及ぼす影響は大きい。そもそも「授業しながらワンオペ生配信」という作業の負荷が人間向きではない。どれだけオペレーションの負荷を下げられるかが重要で、仮にPC操作で同じことが達成できるとしても、専用の機材を導入することには大きな意味が生まれます。だってマウスクリックでプレイするDJとかいないじゃん?みんな物理つまみとかフェーダーとかを使わないとやってらんないじゃん?実際ワンオペ生配信を経験してみたら、例えば「物理音量調節つまみ」の存在がどれだけ重要か、身に染みて分かると思います。

なっげえ。前置きなっが。

本題
まとめましょう。要件は、

(1) 教室・配信の両方に90分見ていられる映像を提供
(2) 教室・配信の両方に90分聞いていられる音声を提供
(3) 授業しながらワンオペで90分間(1)(2)をキープするために必要なオペレーションの認知的負荷を最低限にする機材構成

これらをクリアするために試行錯誤を重ねて辿り着いたのがこちら。

 

f:id:gorotaku:20210421200835p:plain

 

以下重要なポイントを解説します。

音声

配信にクリアな音声を流すためには、普通のマイクをちゃんと使えばよくて、そのための選択肢はたくさんあります(前回エントリ参照)。しかし独立の条件として「教室ではマスクをしている」が加わります。ちゃんとしたマスクを使うとどうしても息苦しくなりがちで、声を張って話し続けるのはきつい。また、教室もソーシャルディスタンス確保のために本来よりも広めの部屋になっています。自分の声を教室内にもマイク→スピーカーから出して、大きな声を出さなくてもいいようにする方が望ましいです。

この際、マイクは一つであるのが理想です。教室用マイクと配信用マイクを同時に使うのは、どちらにもちゃんと声が入っているかを常に確認しながら喋る負荷が高まります。なので、マイクをオーディオインターフェイスに繋ぎ、オーディオインターフェイスのモニター出力から教室のオーディオラックの音声入力に繋いでいます。

これは非常に有効なソリューションです。配信に流しているマイク音声が、教室スピーカーからも出力されているため、イヤホンやヘッドホンを使わずに自分の声をモニターできるのがいい。マイクはヘッドウォーン型を選択しました。動いてもマイク位置を気にしないでいい・耳が塞がれない・衣擦れ音などが入りにくい。この種のマイクは、普通だとポップノイズが入りやすく位置を慎重に決める必要がありますが、マスクがポップフィルターになってくれるのですごくぞんざいに扱えます。オーディオインターフェイスAG03。「生配信時の操作性」ということを考えるとやっぱりこれになります。

マイクには5mXLRケーブルを使って有線で繋いでいます。十分な信頼性がある無線システムは高価で嵩張りますし、混線の可能性があるので教員が個人で持ち込むものではありません。Bluetoothは不安定なので選択肢から外れます。ケーブルは邪魔ではありますが、仕方ありません。

映像

まず重要なのは授業の内容に関する視覚情報です。対面授業では配布資料とか板書とかプロジェクター投影とかで見せていたやつですね。この種の情報の提示は「iPadで一元化する」がベストだと思います。例えばGoodNotes5というアプリを使えば、PDFを読み込んで自由に拡大縮小スクロールをしつつペンで書き込んで見せる、ということが簡単にできます。また、必要に応じてブラウザを開いて何かを見せるとかも簡単です。iPadでアプリを切り替えながら色々やることは、例えばzoomで画面共有をいちいち切り替えることよりも遥かに認知的負荷が低く、その分授業に集中できます。

教室のスクリーンに投影するのはiPadの画面そのままで、教室にいる学生にはそこを見てもらいます。オンラインで配信を見ている学生にも、その画面と音声が伝われば最低限授業の内容は伝わるはずですが、やはり少しは人間も見せたいわけです。ボディーランゲージが持つ情報量も馬鹿になりませんし、「教室っぽさ」もある程度伝えたい。ということでカメラを二台用意して、それぞれ「教員のバストアップ映像」と「教室を斜め前方から撮った映像」に割り当てます。iPadとカメラ二台はATEM MINIに繋ぎ、iPad映像にはPicture in Picture機能で教員の映像がワイプとして乗るように設定しておきます。以下、実際に配信されたYouTube動画より。

f:id:gorotaku:20210421201059p:plain

カメラ1: 教員のバストアップ

f:id:gorotaku:20210421201603p:plain

カメラ2: 教室の様子

f:id:gorotaku:20210421201659p:plain

カメラ3: iPad映像にカメラ1をPinP

後はボタン一つで映像を切り替えるだけ。話しながらでも無理なく映像に変化をつけ、教室にいる人間の様子を伝えることができます。

ポジショニング

リハーサルをしていて気がついたことの一つは、「振り向くの、意外としんどい」という点です。プロジェクターでスクリーンに資料を出しながら授業をやっていると、しばしば振り向いてスクリーンを確認したくなるのですが、この動作に意外と負荷がかかる。普段のPC一台のプレゼンだったらなんてことない動きですが、面倒をみなければいけない機材が複数ある状況では重いんです。

この問題は、授業中の自分の位置をいわゆる教卓の位置から90°回転した窓際に置くことで解決しました。下の図を見て下さい。

f:id:gorotaku:20210421203209p:plain

授業中に視点を置く位置は二種類で、首を回すだけで切り替えることができます。視点1では手元に配信用PCATEM MINIAG03があり、そのまま顔を上げるとスクリーンが見えます。視点2では手元にiPad、顔を上げるとバストアップ映像を撮っているカメラがあり、その奥に教室に来ている学生がいます。やってみて分かったけどこれめちゃくちゃ合理的です。教室の学生に向かって話しかけているときは、配信でもカメラ目線になる。何かを確認するときに見る方向は一つで、あちこちキョロキョロしないでもいいのです。

f:id:gorotaku:20210421101931j:plain

視点1: モニターと機材とスクリーンを見る

f:id:gorotaku:20210421101954j:plain

視点2: カメラと教室の学生を見る

 

その他

  • 「教室の学生とオンラインの学生の音声コミュニケーション」はほぼ諦めています。それをやるために必要な機材は大体目星がついてますが、流石に自分で揃える覚悟はありません。一応教室に設置されている収音マイクをDiscordボイスチャットチャンネルに入れているので、原理的には教室とオンラインで会話はできるんですが、どうにも音質が残念で殆ど使われていません。やっぱり原則はone mic per mouthです。
  • 授業中の質疑応答などはDiscordのテキストチャットでどうにかなる感じです。Slidoでもこの目的は果たせますが、ログが残る・授業の外でのコミュニケーションでも使える、という点でDiscordにしています。
  • YouTube配信を使う理由は「録画が自動的に残る」「画質音質がコントロールできる」「学生のマイクやカメラのon/offに注意を割かないでいい」です。1080pでの配信は、文字の読みやすさについて大きなアドバンテージがあると思います。
  • 機材のセッティング/片付けにかかる時間を短縮すべく、できるだけケーブルを抜かずにしまって移動できるようにするため、内部のスポンジを任意の形にくり抜いて使えるケースを買いました。まあそれでも機材が多いのでセッティングには時間がかかりますね。上で述べたとおり、機材の多さは授業中の「楽さ」とのトレードオフなので、根本的には教室に必要なものを設置してもらうことでしか解決できないです。

 

終わりに
長いですね。まだまだ色々あるんですがとりあえずこれくらいにして、「ハイブリッド授業用の教室設備にはどのようなものが必要か」をまとめましょう。

  • One mic per mouthができるマイク
  • 複数マイクを束ねるミキサー
  • そのミキサーの出力はPCと教室スピーカーに同時に出す
  • 適切な位置に設置されたカメラ複数台
  • カメラを切り替えるビデオスイッチャー
  • 配信用PC(資料提示用PC/iPadは教員の持ち込み)
  • 操作系とモニターを集約した教卓

で、こういうのが各教室にしっかり設置されなければいけないわけです。もう少し言うなら、こういうのを教室に設置しないで教員に「ハイブリッドでやってください」と丸投げする大学や、大学をそう動かしてる文科省に思い知らさなければいけないわけです。その際に学生を生贄にして、「ほら!こんなに学生が不幸になってる!」とかやるのはダメ。こうすれば上手くいく、という具体例をもってアピールし、道を切り拓いていかなければいけません。まあここまで相当、各方面からうんこ投げつけられて、しばしば心底嫌になるんですが、もう僕も意地なんですよ。絶対に絶望してやらないからな。「そんなもんこの程度でいいんだよ」なんて諦めてやらないからな。覚悟しろよ。