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写真をメインに、いろいろログ。

2020年度オンライン授業総括

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1. 自己評価

難しい。授業のレスポンスシートへの反応は概して好意的だが、もちろんそれだけで「良かった、上手くいった」と結論するわけにもいかない。いくつか確実に言えることは、

・最後まで試行錯誤を続けて、様々な点が改善された
・今後、授業形態がどのようになろうと活かせる知見・スキルが多数得られた

くらいだろうか。

 

2. 結局基本が大事

一年間通して指針としてきたのは結局、大学院時代に教わった「教師の心得」である。10年前にこのブログに書いたが、未だにブクマ数最大のエントリ。

bluelines.hatenablog.com

引用:「学生たちはよい授業を受けるために大金を払っている。よい授業を彼らに与えるのは君の義務だ」

正にそう思う。そして、おそらくそう思っているが故に、僕はオンライン授業に関して「苦労した」「辛かった」という感覚は殆どない。授業に対して(特に、準備の部分に)注ぎ込んできた時間数は冷静に考えてみるとちょっと眩暈がするくらいなのだが、それは自分の責任と自尊心を守るためにやらねばならないことをやった、ということに過ぎない。むしろ、自分が十分な準備をせずに授業に臨んでいる、と感じることの方が精神衛生上は悪影響だっただろう。

 

3. 目指したもの

基本的にはシンプルで、以下の三点の実現。

・見ていられる映像
・聞いていられる音声
・学生を人間として扱う

授業をやるだけなら、ノートPC一台とzoomで、まあできるっちゃできるのである。僕も多分、ある一日一回だけオンラインで授業を、と言われたらそれで済ませる。でもそういった授業を90分間、一日何コマも、毎日毎日見て聴いていられるか?と考えたときに、それは絶対無理だ、という確信があった。どう考えても一般的な人間にはストレス量が多すぎる。だから少しずつ、少しだけでもストレッサーになりうる要素を授業から取り除いていくことにした。

 

映像

この点については、僕はカメラ趣味によるヘッドスタートがあった。すぐに使える一眼カメラとレンズと三脚が家に転がっていた。このパンデミックのずっと前から沼に浸かった生活をしていたことにより、画質を向上させるために数万円の機材を購入することに全く躊躇のない精神性を獲得していたのは幸運だった。「グダグダ悩んでる時間が勿体ないから買おう、後先考えるのは後先になってからでいい」というムーブは、今年度の状況においては総じてポジティブな結果に繋がった。
 とはいえ、カメラをネット生配信用機材として使うと、スチル写真を撮っている時には全然気が付かない様々な問題が起こるのである。例えば映像の遅延。スチルカメラはそもそもリアルタイムHDMI出力をメインに行うための機材ではないので、そちらの処理はプロセッサの端っこの方でおざなりにやっている。結果、音声に対して映像の遅延が生じる。この遅延がどれくらいかはカメラの種類によって異なり、おそらくセンサーサイズが大きくなると遅延も大きくなる。このことに気がついて、メインのフルサイズ機であったZ6を授業用カメラとして使うことは諦め、代わりにX100Vで前期を乗り切ることになった。
 三月、そして授業開始が遅れたことによる四月の準備期間にひたすら試行錯誤していたのは「画面の構成」だった。結局、ATEM MINIにカメラとノートPC/iPadを繋ぎ、Picture in Picture機能を利用して、ノートPC/iPadに表示している資料をカメラ映像に埋め込む、その際に埋め込まれたPinP部分が自分の目線の先に来るようにした。この辺りについては以下のライブ配信時に詳しく解説している。

youtu.be

 

音声

映像とは逆に元々知識がなく、ほぼゼロから試行錯誤した。やってみるととても大変だった。サウンドエンジニアとか音声さんとか音響さんとかそういう言葉・職業は知識としては知っていたけど、やってみるとなるほどこれはトレーニングを積んだ専門家が必要な仕事だ、と痛感した。まずは自分の声をノイズなく、割れることもなくリアルタイム配信に載せられるようになるまで一苦労。そして自分の声と資料動画やBGMの音を生配信中にミキシングしながらコントロールできるようになるまでまた一つ壁があった。どうやって問題を解決していったかは以下のライブ配信を参照。

youtu.be

youtu.be

ハードウェアも色々試した。こちらもカメラと同じようなところがあり、現在市場に出回っているオーディオインターフェイスの大半は、セッティングを固めてからハイ本番、って録音することを前提に設計された機材なのである。一人で生配信をしながら、様々な音声ソースのコントロールをハードウェアスイッチでできるようにしている機材ってあんまりない。僕はAG03を経由し、現在はRODECaster Proを中心にシステムを組んで色々安定してきている。

ja.rode.com

 

授業を聴いている相手は人間

当たり前だが学生は人間である。同じ内容の授業であっても、それをどういう「ムード」で提供するのか、によって人間の反応は大きく変わる。「ムード」を構成するのは、音のクリアさとか、画面の明るさとか、画面に映る人物の表情とか、教材がどれだけ手に取りやすく整理されているかとか、教材が提示されるときにどんなメッセージが添えられているかとか、そういうことの蓄積である。だからとにかく笑うようにした。僕の授業動画を見た同僚が、「こんなに笑顔の郷路氏見たことない!」とコメントしたが、この「笑顔を保とうとする意識」は非常に重要だったと思う。僕はなんにもないところで笑顔だけ作れるほど器用ではないので、笑顔を出すためには笑顔になれるようなポイントを授業の中に作っていかなければいけない。そうすること自体が授業のムードが重苦しく、ストレスフルなものになるのを防いでいたと思っている。
 あと、圧倒的に貢献度が高いのはうちのねこたちである。三者三様に絶妙なタイミングで映り込みを決めてくることで、授業のムードを柔らかなものにしてくれた。うちの大学はうちのねこズに「優秀TA賞」かなんかを与えるべきだと思う。いやマジな話。

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授業動画のスクリーンショット。膝の上にくろねこ。これは個人的な悩み事についての質問に答えている場面なので、質問自体はモザイクにしてある

bluelines.hatenablog.com

 

4. その他あれこれ

スキルは一日にして成らず

今回、マイクの使い方一つについても、数ヶ月・何百時間という時間をかけてようやくそこそこモノになってきた感覚がある。できることは常に少しずつしか増えない。だから常に少しずつ増やしていかなければいけない。僕は「オンライン授業」なんてものが影も形もなかった2016年ごろから、ゼミでの連絡でSlackを使ったり、大人数講義の課題・成績処理にGoogle Classroomを使ったりしてきた。使い始めは色々問題が起きて時間を取られたし、苦労した。同業者にはほとんど嘲笑に近い反応をされたこともある「大変だねえ~(笑)普通に紙で配れば良くない?集計が大変って、そんなのTAにやらせればいいじゃない」。でも今年の四月、Slack/Google Classroomの使い方が分かっていて、それを軸にした授業計画をその時点で建てることができたことには、一体どれだけ助けられたのかわからない。特に映像/音声に関する新しいスキルの獲得に費やす時間が得られたのは本当に大きい。逆に言えば、あの頃に「紙でいいじゃん(笑)」で済ませていたら、今の僕は四月の僕のスタート地点にも立てていなかったことになるだろう。できることは少しずつしか増やせない。だから常に少しずつ増やしていかないといけない。少しずつ増やさずに、本当にどうにもならなくなる事態が起こるまで放置していたら、その時は本当にどうにもならなくなってしまう。


英語は役に立つ

映像・音声配信に関するノウハウ・スキルについては、英語圏のYouTuberの動画が非常に参考になった。機材の一部は日本で買うよりアメリカから通販したほうが数万円安かった。自分の研究や授業の内容そのもの以外で、英語がここまで役に立ったと感じたのは久しぶりのことだった。

www.youtube.com鬼のような勢いで各種マイクのレビュー動画が出てくるチャンネル。マイクの使い方についての解説もめちゃくちゃ参考になる。

 

www.youtube.com

高校でデジタルメディアについて(オンラインで)教えている人。「オンライン授業」というある種特殊なメディアにおいて活かせるスキルやTipsが色々。あとオヤジギャグ。

 

www.youtube.com

カメラ・照明のレビューやマウントアーム、デスク構成などの実例と、実際の商品へのリンクが非常に参考になる。


来年度に向けて

来年度は「ハイブリッド授業」がメインになっていく可能性が高い。これには単なるオンライン授業などがちゃんちゃらおかしいレベルの技術的チャレンジがある。何が何でも達成しなければいけないのは、教室にいる学生とオンラインで受講している学生との間に何らの「格差」も作らないことである。今年一年得たものを総動員して臨めばなんとかなる、と見込んでいる。

 

ひとりFD配信

「オンライン授業」という問題を取り巻くあれこれには様々なレイヤーがあり、ひとつやふたつのエントリでは語りきれない。時間をかけ過ぎることなく記録を残しておこうとした結果がこれらの生配信動画。どっかで誰かの役に立っているといいと思う。

youtube.com