bluelines

本業は大学教員で言語学の研究者。このブログは最近殆ど写真ばかり。「まっすぐ撮る部」「ズームレンズ使えないマン」「全日本絞らない党」あたりでやっている。

シャドウ

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ねえみんな、どうしていますか

 

ずっと頭から離れないのは、「どれくらい怖がるのが正解なんだ?」という問いだ。問いとして意味を成していないと思う。「正解」なんてない。でも考えるのを止められない。どれくらい怖がっているべきなのだ?

 

僕自身はひどく怖がっている。今は他人と同じ室内空間にいることがすごいストレスで、食料の買い出しも、行ってきた後はどっと疲れてしまう。店の中でメシを食う、なんてちょっと考えられない。

 

一方で、毎日散歩をするのだけど、飲食店がある通りを歩かずにはいられない。営業している店、そこで食べている人たちを外から覗き見て、自分がこういうものを見たがっていることに気付く。この気持ちをうまく表現できない。今この世界で、かつて当たり前だった「日常」をやっている人たちを見て、なにか力のようなものを感じている。

 

現在のオフィシャルなドグマにおいては、僕の方が市民として「正解」なのだろう。でもどうして、僕はそれに満足できず、別の答えを探しに行ってしまうのだろう。僕が答えを見つけるのと、世界が勝手に片付いてしまうのはどっちが先になるのだろう。

 

少しずつ写真を撮り、文章を書いておく。記録するのではなく、物語をつくるのだ。

 

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