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写真をメインに、いろいろログ。

「豊洲の柱」問題を総括する

経緯はここにまとまっています。

www.buzzfeed.com


後は、僕が「どうしても書き残しておくべき」と思うことを三点ほどまとめます。

 

1. そもそも、なぜ「傾いている?」と報道されたのか

この問題に関してネットでは、「どうして現場で検証しなかったのか」という声がとてもポピュラーです。それは確かにそうなんですが、僕は問題の本質はその一歩手前にあると思います。それは、「どうして『現場に行くまでもない問題』として片付けられなかったのか」と言うことです。

区議から問題の写真を受け取った時点で、現場に行かずに得られるはずの情報は以下の三点です。

 

写真の常識:
広角で撮った写真はふつうパースがつくものであり、垂直なものを垂直に写すことのほうがよっぽど難しい。従って、区議が撮った写真内の柱の傾きは、広角パースによるものである可能性が極めて高い。

建築の常識:
柱は梁や床と繋がって固定されているものであり、梁や床に目視できる影響を与えずに大きく傾くことは有り得ない。施工時に柱を傾けて建てることは、まっすぐ建てるよりよっぽど難しい。従って、この柱は実際には傾いていない可能性が極めて高い。

報道の常識:
異常があると思われていないものに関して、「異常が無かった」というのはニュースにならない。従って、「調べてみたら、豊洲の柱は傾いていなかった」となったら、番組で扱えるネタにはならない。

 

以上三点を前提として考えれば、報道機関としてもっとも合理的な選択肢は、「この問題を取り上げることを見送る」でしょう。豊洲市場は現時点でマスコミに公開されていないので、現場の取材をするにはそれなりの交渉なり手続きなりが必要です。わざわざそれをやったとしても、「実は傾いてなかった」で終わる可能性が高い。そんなものにはクビを突っ込まない、というのが普通の判断だと思います。事実、この問題は『新報道2001』以外では報じられておらず、BuzzFeedの記事には「同業他社は退いた」ことが記されています:

 

渡部議員には、番組放送前、該当の写真を見た他社から、柱の傾きは「カメラのレンズのせいだ」との指摘もあった。 

buzzfeed.comより

 

つまるところ、唯一退かなかった『新報道2001』の制作体制には、何かものすごく普通じゃない欠落があったことになります。この欠落が何だったのかは、本日の放送における一分半の「検証」からはわからないままです。

 

2. 「プロカメラマン」は何を語ったのか

10月2日の『新報道2001』放送では、「プロカメラマン」のコメントが以下のように紹介されています。

 

「レンズによる歪みは外側にいくほど大きくなるものですが、この写真は一直線で傾いている。レンズによる傾きではないと思います」

 

このコメント、実は何一つ間違ったことを言っていないのです。BuzzFeedの取材でも述べたのですが、もう一度丁寧に説明します。

まず、「レンズによる歪み」と聞いたときに、当該知識がある人が真っ先に思いつくのは、ディストーション(歪曲収差)です。ディストーションは個々のレンズごとの光学的性質によるもので、「直線が曲がって/歪んで写る」ことを引き起こします。

 

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Wikipediaより、歪曲収差の形状例)

 

実際の写真で具体例を見ましょう:以下の写真は、ディストーションが比較的大きいレンズで、「歪み補正」をオフにして撮ったものです。特に画面右側で、柱の輪郭線が、外側に膨らんで写っているのがわかると思います。

 

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ここで重要なのは、ディストーションは「パースがついたことで、直線が傾いて写る」とは独立の問題である、ということです。レンズによってはディストーションを限りなく0に近づくよう補正していますが、そのようなレンズで撮っても、「パースによる傾き」は容易に起こります。

例えば、シグマのdp0 Quattroというカメラは、「ディストーション・ゼロ」を謳う製品です。このカメラのレンズは超広角ですが、ディストーションが限りなくゼロに近づくように補正しています。

www.sigma-global.com

 

でも、このカメラで撮ったのに、パースがついて垂直線が傾いている写真はたくさんあるのです。

これはシグマ社が公開しているサンプルです。垂直・並行であるはずの窓枠が、上に向かってすぼまっていくパースがついています。

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こちらは、フォトヨドバシのdp0レビュー内の写真です。やはり窓の枠線が、下に向かってすぼまっていくパースがついています。

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そして、ディストーションの影響というものは、一般的に画面の外側に行くほど大きくなります。これも、件の「プロカメラマン」が正しく指摘していることです。広角パースとディストーションは別の現象であり、あの写真における柱の傾きは、「レンズの歪み=ディストーション」によるものではないのです。

しかし。あの写真についてコメントを求められたプロカメラマンが、「この傾きはディストーションによるものではない」と適切に指摘しつつ、「パースがついただけです」とは言わない可能性は恐ろしく低いと思えます。そしてもしそのカメラマンが、「傾きはパースによるもの」と指摘していたとすれば、敢えて番組中でそれを伝えなかったことには、単なる無知ではなく、悪質な作為が存在することになります。

 

3. 画像を回転させたことは何を意味するのか

本日放送された『新報道2001』では、画像を回転させる加工が行われていたことが、実にカジュアルに認められています。

 

また、VTRでは、提供写真をそのまま使ったが、スタジオでは「右側の柱を垂直に合わせたため、左側の柱の傾きが結果として強調されることになった」と写真の回転も認めた。

buzzfeed.comより

 

しかし、これはちょっと想像を絶します。「柱が傾いているのでは?」という報道です。この文脈で、証拠写真を傾けて使うのは絶対にアウトです。無知や取材不足では言い逃れできない「捏造」であり、報道機関に必要とされる倫理観が根本的に欠如していることを示すものです。従って、画像の回転加工を認めることは、本来とてつもない大事であるはずです。番組の存続を望むのであれば、どんなに追い込まれても認めてはいけないレベルだと思います。

しかし、番組中でこの疑惑は、驚くほどあっさり認められました。この事実は、番組関係者がこの問題のヤバさ加減をまるで認識していないことを示しています。それは本当に恐ろしいことです。同じような画像の加工が、今後もごくカジュアルに行われうることを意味するのですから。

 


最後に。テレビの報道が劣化しているのであれば、それは少なからず視聴者の責任です。センセーショナルなニュースだけを好み、報道をただただ鵜呑みにし、印象操作や捏造に対してまともに声をあげなければ、報道番組が歪んでいくのは必然でしょう。「真っ当な報道」を得るためには、受け手である我々が適切なメディアリテラシーを有し、作り手側にプレッシャーを与え続けなければいけないのです。