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女子大教員。大学教育・言語・ねこ・写真とカメラなどについて。

「テーマ」と「論点」は違う

大学

この本に書いてあることなんですけどね。今日、学生と話していたので。

伝わる・揺さぶる!文章を書く (PHP新書)

伝わる・揺さぶる!文章を書く (PHP新書)

 

 (ちなみに、この本は間違いなく、大学生が手元に持っておく価値がある「書き方」の本のひとつです)


大学生がレポートを書くときに、何らかの「テーマ」について書こうとすることがよくあります。間違いです。レポートなり、論文なり、その他の文章を書くときは、そのテーマに関する「論点」が必要なのです。

具体例。

テーマ:「日本の英語教育について」
論点:「小学校で英語を教えるべきか?」「高校の英語は英語で教えるべきか?」「大学入試を四技能型試験にするべきか?」...

論点は、問いです。疑問文です。その問いに対して、自分の主張を組み立てることが「論じる」ということで、大学のレポートではそれが求められています。というか、この世の文章の大半については、「論点について主張する」という形になっていなければならない、と言ってもよいでしょう(この辺は上記山田ズーニーさんの本を読んで下さい)。

例えば、レポートのテーマが「日本の英語教育について」だとします。でも「日本の英語教育について」という文章を書こうとしても、それでは「論じる」ことはできません。たまたま自分の目についた情報をつらつらと並べ上げて、「色々問題があることがわかった、もっと考えていかなければいけない」みたいなしょぼい感想をつけて終わるのが関の山です。そうではなくて、論じなければいけません。そのためには、テーマに関して、論じるべき価値のある論点を見つけなければならないのです。

テーマしかない状態では、一体何をレポートに書いたらいいのかわからないのです。テーマに関する様々な情報を取捨選択する基準がないのです。とりあえず「英語教育」でググってみて、出てきたサイトの内容をつまみ食い的にまとめてみても、それはコピペの集合体と変わらないのです。僕がみるところ、本当にたくさんの学生が、テーマだけで何かを書こうとして、結果として途方に暮れています。

論点があれば、何をすべきかははっきりします。その論点に対する自分の主張を立てることです。例えば、「小学校では英語を教えず、その分の時間を国語教育にあてるべきである」という主張です。その主張に対しては、なぜそうすべきかの理由を述べることが必要です。そしてその理由の中には、自分の主張を支える客観的な事実が含まれていることが必要です。だから本を読んだりネットを探したり、あるいは自分で調査・実験をしたりして、自分の主張の土台になるような事実を集めなければいけないのです。

論点を見つけることによって、書くために自分が何をしなければいけないのか、何を知らなければいけないのかが見えるようになります。なので論点です。論点は書くことの出発点。テーマに対する自分の論点を見つけることで、レポートや卒論ははじめて出発点に立つのです。